幸せを感じる3つの視点

Rodolfo Sanches Carvalho

そもそも幸せを感じる時とは?

生きている限り、誰でも幸せでありたいと願っています。しかし、24時間常に幸せな感覚でいることは、普通の人にはほぼ不可能です。

ずっと幸福を感じているのは、自己超越して完全に悟りの状態にあるか、それとも精神に異常をきたしているかのいずれかです。

脳科学的には、幸せを感じるというのは、脳と身体が絶えず行う相互作用に過ぎないとも言います。

昔、高校時代の友人と久しぶりに会った時、「お前は何のために生きていると思う?」と聞かれて「幸せになるため」とアッサリ答えたら、「この質問に答えられたのは、お前が初めてだ!」と驚かれました。

ほとんどの人は、こういうこと考えてないようです。それは、スティーブン・R・コヴィー博士の『7つの習慣』のうち、重要だが緊急ではない、第二領域のテーマだからだと考えられます。多くの人は、緊急かつ重要ではないテーマや緊急かつ重要なテーマに振り回されています。

そもそも幸せって、どういう時に感じるのでしょうか?
私は次の3つと考えています。

1.欲求が満たされる
2.喜びを感じる
3.進化している

欲求が満たされる

心理学者のアブラハム・マズローは、人間の欲求を5段階で説明しました。つまり生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求の5つです。その先に自己超越があります。

一般的な所有欲というのは、生理的欲求、安全欲求の領域に入るようですが、何かを手に入れることによって、まわりからの承認を得たいと考える人もいます。たとえばカッコいいクルマに乗って女性にモテたいとか。

マズローの欲求の5段階

生理的欲求とは、食欲、排泄欲、性欲、睡眠欲など生命の維持のために必要な欲求、安全欲求とは、安心、安全な生活がしたいという欲求。

その先の社会的欲求とは、家庭や友人、会社などの集団に属したり、仲間に入りたいという欲求。承認欲求とは、人から尊敬されたい、認められたいという欲求です。

この先の第5段階に自己実現があります。自己実現欲求とは、自分のライフスタイルや世界観にもとづいて、本来の「あるべき自分」になりたいという欲求です。

マズローは最初の4つの欲求を「欠乏欲求」、第5段階を「存在欲求」とも呼んでいます。また自己実現まで達成できた人は少ないと言っているようです。

さらにその先に第6の自己超越の領域があると言っており、それは人類のわずか2パーセントだとマズローさんは言っています。

喜びを感じる

私の大好きな本の一つにチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマと南アフリカのアパルトヘイト解放のデズモンド・ツツ大主教の対談を載せた『よろこびの書』というのがあります。

この本の帯には『二人の老聖人が人生の最後にたどりついたのは、「よろこび」の境地』とあります。


人生にとって、どんな状況でも喜びを感じて生きていけたら最高ですね。マズローの言う自己実現を達成し、自己超越の領域に達するとその境地になると考えられます。

とはいってもわれわれ凡人には、いきなりそんな境地は難しいかもしれません。まずは身近なところから、自分が何に喜びを感じるのか、意識してみると良いと思います。

また全てを喜びに変えることは難しいかもしれませんが、あらゆることに感謝してみるのは、その第一歩かもしれません。

進化している

幸せというのは、生命活動を維持するためだけなら、必ずしも必要なものではありません。また今の状態に幸せを感じて満足しきってしまうと、もう何もしなくていいと思ってしまい、生きていく上での向上心が無くなってしまいます。

しかし生命は、宇宙もそうですが、常に進化し続けるというのが自然の姿です。私たちも常に成長したいと考えるのが健全な姿のようです。

幸せな状態と楽な状態というのは、必ずしも同じではありません。

自分が成長するために何かを一生懸命がんばっている時は、決して楽ではないかもしれません。たとえばスポーツ選手が大きな大会を目指している時には、厳しいトレーニングをします。

しかし、それはある意味、自分の成長のために行なっている活動であり、しんどいかもしれませんが充実していて、幸せだと考えられます。

またフロー状態とも言われますが、寝食を忘れるほど夢中になっていれば、まわりから見ると物凄く努力しているように見えても本人は、楽しく幸せかもしれません。

皆さんも自分にとって、幸せとは何か? この3つの基準に照らし合わせて、考える習慣を持ってみては、いかがでしょうか。

Cover Photo by Rodolfo Sanches Carvalho

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